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目とメガネに関する豆知識

1.紀元前13世紀【メガネの誕生】

哲学者にも老いはしのびよります。ローマの哲学者セネカ(前5~後65)は、老視の年齢になって字が読みにくくなった時、「水球儀」に透かして文字を拡大したといいます。メガネがなかった時代、視力に衰えがきた学者たちは、若い助手を雇い、本を音読させたり、口述筆記させるしか方法がありませんでした。メガネのかわりに「聴覚」で「視覚」をおぎなったわけです。
「レンズ」そのものはもっと古くからありました。アッシリアの古代都市ニネベ(前700頃)の遺跡からは、太陽熱をとるのに使われたレンズが発見されています。水滴やレンズ状のガラスなどに透かすと、ものが大きく見えることは、当時からも経験的には知られていたでしょうが、それを"メガネへの応用"的な見地から記述したのは、1286年、イギリスの哲学者ロジヤー・ベーコンでした。「・・・水晶、ガラス、または何か透明なもので透かして見ると、それが眼に対して凸状のものであれば、文字はずっとよく見えるし、大きくも見える・・・」。
必要は発明の母といいますが、その後20年もたたないうちに「メガネ」が発明されました。誰が発明したのかわかっていませんが、その最初のメガネは、取っ手のついた枠にはめられた単玉レンズだったようです(下図)。「この世で最も有用なメガネ製造の技術・・・」と、フィレンツェの修道士が教会の説教の中で述べたほどのことだったといいます。
マルコ・ポーロ(1254~1324)の「東方見聞録」に、元帝国のフビライ・ハンの宮廷でレンズが使われていたと書かれていますが、これが視力を矯正するための「メガネ」だったかどうかはわかっていません。

最初のメガネ


2.16世紀【「耳にかける」大発見】

目と耳と鼻は、人間の顔の中で至近距離にあります。にもかかわらず、メガネを固定するのに「耳を使うこと」に気がつくまで300年以上もかかったのは、今から考えると不思議に思えます。
1596年にエルグレコが描いた「ゲバラ枢機卿の肖像画(下図)」に、紐を輪にして耳にひっかけたメガネ〔スパニッシュイタリアン型〕がやっと登場します。
それまでの長い間、メガネは手に持つか鼻にのせるものでした。帽子にホックでとめたり、長い紐つきの縁にレンズをはめこんで頭の後ろで結ぶようなものもありましたが、これらはメガネがずり落ちないための、いわば応急の処置とでもいうものでした。
こんなに使い勝手の悪いメガネが何百年もそのままだったのは、当時、メガネを使うのが学者や権力者などごく一部の人たちだったからでしょう。実際、読み書きができる人は多くはない時代でした。神の意志に反するという、メガネに対する偏見も根強くありました。
しかし、印刷術が発明され、本も数多く出版されるようになると、教育の普及にともなって、メガネの需要はだんだん大きくなっていきました。廉価なメガネが行商人たちによって他の商品と一緒に売られるようになったのは、15世紀の末頃からです。ただし、このころ普及していたメガネはお手元用の凸レンズで、近視用の凹レンズはまだありませんでした。
なお、スパニッシュイタリアン型のメガネはキリスト教徒たちによって中国に伝えられ、その後200年にわたって中国でも使われました。


「ゲバラ枢機卿の肖像画」


3.18~19世紀【おしゃれとしてのメガネの登場と技術革新】

1720年代に書かれた「ガリバー旅行記」のなかに、小人軍が射かけてくる矢から目を守るために、ガリバーはポケットから鼻メガネを取り出して、しっかり鼻にかけた、とあります。1700年代の末、アメリカの初代大統領ジョージ・ワシントンは、「諸君、どうかメガネをかけることをお許し願いたい。ご承知のとおり私は国務に暗いもので・・・」と、弁解がましく述べてツルつきメガネをかけた、といいます。また、1815年、ワーテルローから敗走したナポレオンがそこに置き忘れてきたのは、伸ばすと17センチ縮めると13センチになる望遠鏡でした。18~19世紀は、メガネが「社会化」した時代、といえます。実用品として広く使われ始めた一方で、上流社会では新しいファッションとして、さまざまな形のメガネが流行をくりかえしました。スペインなどでは上流夫人が知的に見せるために、必要もない鼻メガネをかけたし、扇子に望遠鏡を仕込んでオペラハウスや舞踏会でこっそり他人を観察したりもしました。ひもや鎖をつけて単眼のメガネを首からさげるのもおしゃれでした。メガネは、まさに時代の花形だったのです。光学という新しい科学から生まれた「愛玩物」は、当時の人々にとって、好奇心と実用性を満たすステイタスシンボルでもありました。
しかし、技術革新の動きもあらわれていました。既に18世紀末には、ベンジャミン・フランクリンが、二重焦点レンズのアイディアでメガネを注文しているし、19世紀半ば過ぎからコンタクトレンズや色つきレンズの研究や実験が始まっています。今ではあたりまえになっているものですが、これらの真の実用化は、20世紀を待たねばなりませんでした。

ジョージ・ワシントンのメガネ


4.20世紀【スピードの時代】

20世紀は「スピード」の時代。メガネでいえば、それ以前の「600年分の進歩」をはるかに上回る革新が、20世紀にはいってわずか6、70年でおきています。それは、単に技術や素材の進歩だけでなく、人間とメガネの関係そのものの変化でありました。
1958年、世界的なファッション誌VOGUEは、「メガネはあなたが扱いなれているダイヤモンドの飾りピンと同じように、ごく簡単に扱えばよい」と書き、大型のメガネをかけた美しいモデルの写真を添えました。これは、メガネが、可能性の大きい新しいファッションとして、既に人々に受け入れられていたことのあらわれでもありました。
1940年代、デザイナーたちが「メガネのデザイン」に興味をもち、新しいアイディアをたがいに競ったことも、メガネの世界を大きく広げました。服に合わせたり、メイクに合わせたり、メガネの楽しみ方がどんどんスタイリッシュになりました。いろいろなサングラスの出現が、この流れをいっそう加速しました。雑誌、映画、TVなどに登場する俳優や著名人の影響も大きいものでした。「メガネの情報」が、文字通り"マルチメディア"で人々に降り注いだのも、この世紀らしい現象でした。
二重焦点から累進多焦点へ進化したレンズは、軽いプラスチック製が主流になり、フレームのデザインや素材は多種多様。コンタクトレンズも飛躍的に進歩しました。メガネを必要とする人々にとって、こんなに選択肢が多い、いい時代はかつてありません。
ファッション化とハイテク化がますます進むにちがいない21世紀のメガネは、「人間が見る」世界を、どのように変え、便利にしてくれるでしょうか。それに比例してまさか人間の目が、ゆっくり退化していくようなことはないでしょうけど・・・。

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