皆さんは、毎日見慣れた風景がその日の気分によって、少し違った風景に見えるといった体験をしたことがありますか?
その日の天気や季節、もしくは見る人の感情によって、本来は同じ物であるはずなのに、少しずつ違ったものに見えるという体験は、誰にでもあると思います。
また、角度や色が変わることで突然違った形に見えたりすることもありますよね。
なぜ同じ物を見ているのに、場合によって違ってみえたりすることが起こるのでしょう?
それは、「見る」という行為には目だけではなく、脳も深く関わっているからなのです。
今回の豆知識は、そんな「目と脳の不思議」についてお送りします。
■1.目はレンズ。脳はフィルムのプリント工場。
人間の目のはたらきは、カメラのレンズの働きに例えられることがあります。
人間の目にある「角膜」と「水晶体」がレンズにあたり、そのレンズのピントをあわせているのが「毛様体」と「水晶体」になります。その動きはカメラのオートフォーカスだと考えるとわかりやすいでしょう。
さらに絞りの役割を果たしているのが「虹彩」で、これは暗い所や明るい所で目の「瞳孔」が開いたり収縮したりする現象でよく知られていますね。
そして、映像を焼き付けるフィルムに当たるのが「網膜」です。網膜は、目に写った「像=光・色・形」を、脳の中枢に伝えるための電気信号に変える役割を果たしています。
つまり、
「角膜と水晶体」⇒「網膜(電気信号に変換)」⇒「視神経」⇒「脳」
という経緯を経て、ようやく「物が見える」とすることができるわけです。
では、目から入った視覚情報が脳に伝わったとき、脳はその視覚情報をどのように処理しているのでしょうか。
網膜で電気信号に変換された画像の情報は、視神経を経て眼球の外に出ます。
そして脳底をX形に交叉しつつ、脳の視覚情報処理を担当する「視覚野」に到達するのです。
さて、その視覚情報が「視覚野」に入ると、さらにそこから情報は2つに分かれます。
「位置・運動を認識する経路」と「色・形を認識する経路」に分かれるのです。
これが再度、脳の中で統合されると、ここで初めて「映像」として認識されることになります。
つまり脳は、眼というカメラで撮影した画像の、フィルムの現像プリント工場に当たる部分と考えられます。
■2.複雑な画像処理をこなす「脳」
ここで、目から入った視覚情報を脳が処理する際の特徴をいくつかあげてみましょう。
▼平面を立体にする
今自分の目の前にある物を指さし、それを左右の目を片方ずつつぶって交互に見てみてください。どちらも微妙に角度がずれて見えますね。
脳は、この左右の像の「ずれ」を利用して、平面として見えるその像の奥行きを計算しているのです。
なので、片目をつぶると物の距離感がつかみづらくなります。
こうして脳が2つの眼から見える2つの視覚情報を、1つにまとめて処理することによって、私たちは物を立体的に見ることができるのです。
▼見えないものを補う
こちらの画像をごらんください。
これは「カニッツァの三角形」と呼ばれています。
3つの黒い扇形と、黒い線で囲んだ3つの鋭角ができています。
でも見てください。黒い扇形と黒い線のほかに、白い三角形がくっきりと浮かんで見えてきませんか?
これは脳が、過去の経験上、黒丸と黒い線で囲まれた三角形の手前には、白い三角形があるぞ、と判断しているからなのです。
このように、脳は実際には見えないものを補うというはたらきもしています。
▼意味づけをする
まず、こちらの図形を見てください。
この図形だけでは、私たちはこれをただ単に「楕円」と思うことでしょう。
しかし、この楕円が、立体的に描かれたテーブルの上にあったらどう思うでしょう。
きっと「テーブルに乗ったお皿」と思うのではないでしょうか。
さらに進んで、テーブルの傾いた角度の具合と楕円の形から、「テーブルの上に乗った円形のお皿」と判断しているのです。
この現象も、脳の過去の経験から、「この角度から見た円はこんな形に見える」ということを細かく計算し、その結果「テーブルに円形のお皿が乗っている」という結論を出していることになります。
これだけ見ても、脳が実に複雑な視覚情報の処理と判断をこなしていることがよくわかりますね。
■3.「脳」はだまされやすい ? 錯視 ?
このように複雑で繊細な過程を経ている「見る」という行為ですが、精巧であるがゆえに、ちょっとしたことが原因で脳が誤った判断を下してしまうこともままあります。つまり、実物どおりに物が見えなくなってしまうという現象です。この現象を「錯視」といいます。
ですが、ある意味「錯視」という現象は、目がただ単に外界を写しているだけではなく、その背後で脳がいかに複雑な働きをこなしているのかということも示してくれる現象でもあります。
ここで、世間一般でも有名な錯視図形を紹介しようと思います。
▼ミュラーリヤー錯視
この「ミュラーリヤー錯視」は、見かけのズレが非常に大きく見えることで有名です。
同じ長さの線なのに、これほどまでに長さがちがって見える理由については、この図形が奥行きを感じさせるものだから、という説が有力だそうです。
こちらの図を見てください。さきほどの図形を縦にして、平面になるよう線をつないでみたものですが、こうするとAはまんなかが出っ張って、Bはまんなかがひっこんで見えます。
つまりこれを見た脳が、「同じ長さの線だったら遠くにあるBの方が長いはずだ」と判断している...つまり、かんちがいしてしまっているということなのです。
つまりこれを見た脳が、「同じ長さの線だったら遠くにあるAの方が長いはずだ」と判断している...つまり、かんちがいしてしまっているということなのです。
▼カフェウォール錯視
この図形を見てください。レンガの壁に見えますが、ずいぶんレンガが曲がっているように見えませんか?
これは、イギリスで実際にあった喫茶店の壁の模様から発見された錯視で、「カフェウォール錯視」といいます。
この錯視の秘密は、レンガとレンガをつなぐモルタルの色にあります。
もっともレンガが歪んで見えるのは、モルタルの色がレンガの2色(黒と灰色)の中間色であるときです。
逆にモルタルを白くすると、レンガはまっすぐに見えます。モルタルを黒にすると、錯視効果は灰色のときよりもやや弱まって見えるのです。
このような錯視効果のはっきりした理由は、実はまだよくわかっていません。
目と脳の関係には、まだまだ残されている謎がたくさんあるんですね。
■4.目でわかる? 脳の病気
目の疲れが頭痛をひき起こすというのはよくあることですが、逆に脳に異常があると、目にも異常が起きることがあります。
その代表的なものが「視野欠損=視野が欠けて見える」です。
前に説明したように、眼球から伸びた視神経は脳底を通って脳の視覚野に到達するわけですが、この神経が走っている場所に沿って脳に腫瘍ができたり、血管障害があったりすると、その部位によっていろんな「視野欠損」が起こります。
また、視神経が交叉している場所の近くには脳下垂体があります。
ここに腫瘍ができると、両目の耳側の視野が欠け落ちて見えなくなる現象が起こります。これを「両耳側半盲」といいます。
CTやMRIといった画像診断が発達する前の時代には、こうした視野の欠け具合から、脳のどこに病変が生じているかというような診断も行われていたそうです。
目の異常に気づいたら眼科へ行くのは当たり前ですが、このような脳の病気が疑われるような場合は、脳神経外科や神経内科との連携が重要です。
いかがでしたか?
私たちは日頃、物を見ているのは「目」だと考えがちですが、実は「見る」という作業は目と脳の非常に緻密な連携作業とチームワークによって、素晴らしくバラエティに富んだ働きをしているということがわかります。
これからは、いつも同じ風景が少しちがって見えたとき、「あ、自分の脳は今どういう判断をしているのかな?」と想像してみるのもおもしろいかもしれませんね。